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7話 彼女の視線と、彼の高鳴る鼓動

Auteur: みみっく
last update Date de publication: 2025-08-27 02:34:29

「さ、適当に座ってていいよ」

 そう声をかけると、ヒナはソファへと向かった。いつもなら躊躇なく腕に抱きついてくるヒナが、今日は俺の隣に座るだけでも、ほんの少しぎこちないように見えた。でも、すぐにいつもの明るさを取り戻し、好奇心旺盛な瞳で部屋を見回し始めた。

「へぇ~、ユウくんの部屋って意外と綺麗なんだね! もっとごちゃごちゃしてるかと思った~」

 冗談めかしたヒナの言葉に、思わず苦笑が漏れる。棚に並んだ俺の趣味の品々を、ヒナが指でそっとなぞる。ゲームのソフト、読みかけの本、そして少し埃をかぶったサッカーボール。一つ一つに目を凝らすヒナの横顔を見ていると、俺の知らないところで、ヒナが俺という人間をより深く知ろうとしているような、そんな感覚がして、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 二人は並んでソファに座り、テレビで映画を観始めた。慣れない部屋のせいか、ヒナのいつもより少しだけ静かな気配に、俺の緊張も少しずつ溶けていくのを感じた。映画の途中、ヒナはいつもの癖で、自然と俺の肩に頭を預けてきた。柔らかな髪が頬をくすぐり、温かい体温が伝わってくる。洗い立ての服から香る柔軟剤の匂いが、心地よく俺を包んだ。

「ねぇ、このシーン、ちょっと怖いかも! ……きゃ! はぅぅぅ」

 映画の展開に身をすくめ、無意識のうちに俺の腕にそっとしがみつくヒナ。いつもの「仲良しなら当たり前」のスキンシップだ。でも、今日はその指先から伝わるヒナの体温が、いつもよりずっと熱く感じられた。俺が隣で小さく息を呑んだ気配に、ヒナの心臓がトクン、と跳ねたのが分かった。ヒナは顔を少しだけ上げて、俺の横顔を盗み見る。画面を見つめる俺の瞳は真剣で、その端正な横顔に、ヒナはキュンとしたのだろうか。いや、いつものことだ。そう自分に言い聞かせた。

 ふと、飲み物を取りに立ち上がろうとすると、ヒナが離れていくことに寂しさを感じたのか、一瞬だけ俺の服の裾を掴みそうになる仕草を見せた。その小さな動きを見逃さず、俺はすぐにヒナに顔を向けた。

「何か飲む?」

 俺の声に、ヒナの胸が高鳴るのが分かった。俺が飲み物を取りに行っている間、ヒナは俺が座っていた場所にそっと手を触れる。まだ残る温もりに、じんわりと頬が熱くなるのを、俺は見ていた。

 俺が飲み物を持って戻ると、ヒナは「あ、そうだ!」と急に閃いたように、俺の手から自分のスマートフォンを受け取り、自撮りモードにした。そして、何の躊躇もなく俺の隣にぴたりと体を寄せ、「ユウくん、ハイ、チーズ!」と満面の笑みを向けてくる。ヒナの肩が俺の腕に軽く触れ、身体が密着するその距離感に、俺は一瞬硬直した。

「撮れたかな? あ、もう一枚!」

 ヒナは撮れた写真を確認すると、満足そうに頷き、スマホを俺に返した。ヒナは普段、友達と写真を撮る時も積極的にリードするが、この時ばかりは、俺と二人きりの空間で、俺の隣にいる自分を写真に残せたことに、言葉にならない喜びを感じているようだった。その無邪気な行動一つ一つが、俺にとっては、何よりもドキドキする瞬間となる。俺は自分のスマホ画面に映る、俺と、無邪気に笑うヒナの姿を見つめながら、胸の奥で高鳴る鼓動を必死に抑えていた。

 映画が終わる頃には、部屋の外はすっかり暗くなっていた。ユウマが「どうする?そろそろ送っていこうか」と声をかけると、ヒナの胸はざわついた。帰りたくない。もっとこの空間に、ユウマのそばにいたい。しかし、その想いをどう伝えれば良いのか、言葉が見つからない。

 「ぅんー……」

 ヒナはわざとらしく大きく欠伸をすると、俺の肩にもたれかかったまま、小さく身じろぎした。まるで、眠気に抗えないかのように、ゆっくりと目を閉じる。

「もう少しだけ……ここにいてもいいかなぁ? だって、ユウマとは親友なんだもん。たまには仲の良い親友の家に泊まっても、別に変じゃないよね?」

 そう言いながら、ヒナは微かに顔を赤らめ、薄く目を開けてユウマの表情を伺った。普段の自信満々な言葉の選び方とは違い、「親友」という言葉を二度も繰り返すことで、自分に言い聞かせ、同時にユウマの反応を探っているのが自分でも分かった。

 彼女の言葉には、いつもよりずっと小さな、しかし確かな期待と、それを知られてしまうことへの微かな羞恥心が混じっていた。

 ユウマは、その彼女の普段見せない表情と、言葉の裏に隠された真意に、静かに息を呑むのだった。

 その後、しばらくすると俺に、ヒナがぽつりと尋ねてきた。

「ねぇ、ユウくん……お風呂、借りてもいい?」

 その言葉に、俺は一瞬、思考が止まった。いつもなら「お風呂、貸してー!」と無邪気に言ってくるようなヒナが、今日は少しだけ頬を染めて、俺の目をじっと見上げていた。視線が交錯する中で、ヒナの瞳の奥に、いつもの明るさとは違う、微かな緊張と、何かを期待するような光が揺らめいているのが見て取れた。

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